患者さんの「食べたい」を支援して | 富士宮市立病院 静岡県富士宮市 常勤医師・初期研修医募集中

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富士宮市立病院看護部ブログ

ナースのつぶやき

患者さんの「食べたい」を支援して

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摂食・嚥下障害看護認定看護師
望月 智子

 昨年度、担当した患者さんへの支援が、患者さんにとって良かったのかどうか、今でも悩む症例がありました。
 患者さんは、既往の疾患によるえん下障害から、口から食べることが困難となり、低栄養が更に加わり、重度のえん下障害となりました。そのため、口から食べることでの栄養摂取は困難となり、点滴で経過をみていました。元々患者さん本人は胃ろうの造設は希望しておらず、奥様も本人の要望を理解されていました。患者さんは食べることが好きな方であったため、私は「食べる楽しみ」を継続するために、飲み込みやすいゼリーを提供することとしました。しかし、ゼリーを食べるだけでも痰が増え、発熱と誤えん性肺炎を再燃させていました。次第に体はやせてしまい、筋力も低下し、ほぼ寝たきりの状態で自由に体は動かせず、痰も自分では出すことができないため、苦痛な吸引が増える一方でした。しかし、このような状況の中で、患者さんは「私はゼリーが食べたいのではなく、食事がしたい」と訴えられました。また「食べられないなら死んだも同然。私に話しかけないでください」と、それまで穏やかに過ごされていた方が一変してしまいました。
 私が患者さんに対し何ができるのか考えました。ただベッドの上で病室の天井だけを見て、自由に体を動かすこともできず、苦痛な痰の吸引を何度もされ一日を過ごすよりも、1口でも安全に口から食べられる環境を整えた中で、患者さんが希望する食事を1食でも提供し、満足が得られる一日を過ごした方が、その人らしくいられるのではないかと考えました。奥様に食事を提供してみてはどうかと相談すると、「本人が食べたい思いがあるのならそうさせてあげたい」とおっしゃいました。主治医とも相談し、1日に1食だけ飲み込みやすい形態の食事を提供することとしました。患者さんはむせることもありながら3口、4口と食べ「おいしい。食事ができた」と笑顔で言われ、穏やかな患者さんに戻られました。しかし、更に上手く飲み込めず、食べる時も吸引することが多くなりながらの食事となっていました。私は、本当にこれでいいのかな、患者さんの意思よりも患者さんに余計な苦痛を与えているのではないかとジレンマが生じていました。倫理的問題が発生していると思い、チーム内で共有しようしていた矢先、患者さんは最期を迎えました。患者さんがいなくなった後ではありましたが、このことをチームで事例検討として提起しました。チームのスタッフからも患者さんのQOL(生活の質)を考えた支援であったのではないかという意見がありました。奥様からも「食べることが好きな人であったから最期まで食べられてよかった」という言葉が聞かれました。苦しい入院生活の中で少しでも楽しみを持てるよう支援できたことは、ほんの少しだけ患者さんに寄り添えたのではないかと思います。
 今回は、食べることに関しての倫理的問題ではありましたが、今後もさまざまな場面で倫理的問題は発生すると思われます。治療に専念するだけで一日を過ごすのではなく、治療をしながらその人らしく生活するための支援とは何かを常時考え、支援に結びつけるようにしていきたいと思います。

 

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